知らないと損をする質屋総合ガイド

質屋として売れるような商品であれば、ほとんど扱ったのである。当初の扱い主力商品は、家電製品であった。家電製品といっても、オフィス街で学生街でもある店の立地を考えて、冷蔵庫とか洗濯機などははじめから除外した。大型テレビも、人手がなくて配達ができなかったために扱いをやめて、持ち帰りのできる商品に限定する。家電製品の扱いから入ったというのは、ある面では正解であった。というのは、一九八〇年代は家電関係の商品に、ヒット作が多かったからである。しかもメーカーの商品開発が、“軽量短小”をコンセプトにしていた時代でもあったから人手がかからず、持ち運びも楽にできる、というメリットがあった。Nさんが店を始めた頃、ちょうどウォークマンの第一号が世に出て、これが若者に受けてのちのちまでヒットしつづける。次が、ダブルラジカセからCDラジカセへといくラジカセブームであり、それからビデオデッキの大ヒットと、家電製品関係は絶好調の売れ行きを示す。当時、ビデオデッキは、カセットテープを上から差し入れるタイプのもので、定価で二〇万円〜三〇万円ぐらいした。それを秋葉原のバック屋から安く仕入れていたが、あるとき、知人の紹介でメーカーから直に入れることになる。「その頃は秋葉原でも一台一〇万円以上はしたんで、一〇万円を切るっていうのはたいへんだったんです。それをビクターと契約して、九万九〇〇〇円で一〇台仕入れたのかな。一〇台入れるだけでも、それこそビルから飛びおりるような気持ちでしたから。だけど、それを九万九八〇〇円で売ったら、もう飛ぶように売れてね。だから、ラジカセで五年、ビデオデッキで一〇年ぐらい食べたんじゃないですか」

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